霊質学用語: 意識

意識(いしき)とは、精神活動のうちその精神自身によって把握されている部分、またその把握する機能そのもの。意識は、霊体によって司られる。

意識は、第一に外界の情報を把握する。第二に記憶を想起しそれを把握する。第三にそれらに対する思考や感情といった精神活動を把握する。そしてそれらを把握しているということを把握する。言い換えれば意識は、意識しているということを意識できる。これは、意識は再帰的な性質を持っているということを意味する。

意識というものを、精神活動の一部を照らすスポットライトに例えることができる。スポットライトが当たっている範囲の精神活動は、リアルタイムで把握されている意識的なものである。その外側の精神活動は直接的には把握できない無意識的なものである。

たとえば目の前にリンゴがあるとする。通常、それがリンゴであるという認識は、見た瞬間に自然に浮かんでくる。色、形、大きさ、におい、それがそこにある経緯などを総合的に分析してリンゴである可能性の高さを意識的に推論するわけではない。この推論は大脳で行われると考えられるが、その過程は意識的ではない。推論結果であるリンゴという認識は、自然に浮かんでくる。自然に浮かんでくるというのは、意識のスポットライトが当たっている場所に結果だけが飛び込んできて結果だけが把握されるということである。

脳で行われる推論の本質は、外界から入ってきた刺激を経験に基づいてフィルタリングして出力するというものである。そのフィルタは神経接続の太さという物理的なものであり、その性質は統計に似ている。その過程とは電気刺激と神経伝達物質の連鎖であり、思考過程として把握可能な類のものではない。その過程は意識にとってブラックボックスであり把握できない。つまり、脳の活動はすべて無意識である。

意識は脳にあるのではなく、霊体にある。霊体の意識は、脳の推論結果を認識として受け取る。精神活動のうち頭に浮かんでくるだけのものは、脳内で推論され霊体で結果が把握されているに過ぎない。一方、意識的な思考は、脳ではなく霊体を使った思考である。

たとえば、意識的に手を動かすということは、単に手が動くことを意図し結果として手が動くというだけではなく、手が動く過程を意識的に把握し、意識的にコントロールしながら手を動かすということである。

同様に、意識的に思考するということは、単に思考することを意図し結果として思考結果が頭に浮かぶというだけではなく、思考過程を意識的に把握し、思考の連鎖を意識的に生み出し、意識的に選択していくということである。

意識レベルが低い場合、すべての経験は映画を見ているようなものであり、ただ意識に浮かんでくるものを受動的にぼーっと眺めているに過ぎない。意識レベルが高いほど、精神活動は能動的かつ緻密になっていく。このような違いは、霊体の働きの違いによって生じる。

投稿者: 天野 玄斎

霊質学者。見えない力と未来について語ります。 Didier Merah(ディディエ・メラ)のプロデューサー。